アケコン用の防音ボックスをDIYした話

こんにちは、りせ(@rice_Place)と申します。

 

このブログではIIDXの難易度推定にまつわる記事を公開して来ましたが、今回は趣向を変えてアーケードコントローラー用の防音ボックスをDIYした話をしたいと思います。

 

きっかけ

集合住宅への転居を機に、ある程度の防音ができるIIDXプレイ環境を整備しようと思い立ち、気になっていた簡易防音室をいくつか調べてみたところ、立ち環境を完全に覆えるサイズのものは最低でも10万円以上すること、加えて換気が不十分でPC等を持ち込むと相当な暑さになることがわかりました。音ゲーなどしようものなら熱中症になる未来が見えます。

 別の選択肢として、部屋の壁全体を防音効果のある素材で覆うことも考えましたが、ごく一般的なワンルームでも相当なコストと手間が掛かることがすぐにわかりました。そもそも賃貸物件なので可能な工事はごく限られています。

 

そんなあるとき、以前にこんなツイートを見掛けたことを思い出しました。

  引越したばかりなのでダンボール箱は無限に余っており、すぐにIIDXアケコンPHOENIX WAN)で試してみたところ、確かにそれなりに打鍵音が小さくなったように感じられました。

 

一方プチプチは手元に無かったので、代用できそうな素材を調べてみると、こちらのサイトを見つけました。

www.tamusguitar.com 非常に情報量の多い素晴らしいページです。必要そうな情報をまとめると、防音には吸音、遮音、制振といった要素があり、それぞれの目的に対して適している素材があるようです。ちなみにダンボールは買うほどではないが若干の防音効果がある素材として紹介されていました。

 

素材探し

防音の基礎知識についてより詳しくまとめられているのがこちらです。

www.bouon.jp

防音対策には、吸音材、遮音材、防振制振材を組み合わせることが大切です。

<例> 隣家に漏れる音を減衰させる場合

音源側に吸音材を置く → 室内の音を吸音し、音を小さくする
外側に遮音材を置く  → 音が外へ漏れるのを防ぐ

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今回の目的に合わせるなら、遮音効果のある箱を用意して吸音効果のある素材で内側を覆えば良さそうなことがわかります。

 

先ほどのページで木製の板(ベニヤ板など)は扱いやすく遮音効果の高い素材として紹介されていたので、PHOENIX WAN(8*52*27cm)が入るサイズの木箱を探しました。

item.rakuten.co.jpアフィリエイトではありません

 

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注文時は1370円(税・送料込)

 中古のりんご箱には一定の需要があるようで、いくつかのサイトが通販で扱っていました。もちろん新品を購入したり、一から作っても良いと思います。どちらにせよ注文する前にプレイの邪魔にならない大きさを確かめておきましょう。記載の寸法に加えて吸音材を敷き詰めることを考えた余裕を取っておく必要があります。

 

次に吸音材ですが、ウレタンフォームが最適のようだったので、探してこちらを見つけました。

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※こちらもアフィリエイトではありません

 

複雑な空気の層に衝突することで音のエネルギーが熱へと変換される、というのが吸音材の原理なようで、波型のカッティングは表面積を増やしてそれを助けてくれるようです。

 その観点では、液体や気体を通す「連続気泡」の構造が重要であり、プチプチ・発泡スチロール・硬質ウレタンフォームといった「独立気泡」の素材は吸音材として使用することができないそうです

 また、市販されているスポンジも多くはウレタンフォーム製なので代用可能ですが、体積あたりの単価はそれほど安くないので注意してください。

 

組み立て

素材はそれぞれ数日で届きました。

 注文したりんご箱は予想よりも綺麗でしたが、隙間やささくれ等は結構ありました。中古品を使う場合は最低でも紙ヤスリがけ程度はした方がケガ防止になると思います。

 ウレタンフォームは圧縮梱包で届いたので、復元まで丸一日待つ必要がありました。今回注文した商品には専用の両面テープが同梱されていたので、それを使って接着していけば良さそうです。

 

制作自体は1時間もかかりませんでした。りんご箱の内側に適当な大きさに切ったウレタンフォームを貼っていくだけです。フォームどうしに隙間を作らないように注意しましょう。多少は雑にやっても、少し大きめにフォームを切れば復元力でピタッとフィットしてくれます。

 (本当は過程の写真があれば良かったのですが、製作中は記事にまとめる予定が無かったので……。)

 

 完成したものがこちらです。f:id:rice_Place:20210407210038j:plain

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見た目はあんまり美しくないですが、肝心の防音効果はどうでしょうか。

 

モニタとスピーカーが置いてあるボックス前方(箱が閉じている方、距離60cm程度)と、プレイヤーの自分を挟んだボックス後方(箱が開いている方、距離1m程度)について、スマホの騒音計で測定してみることにしました。

 測定したのは、無対策・ダンボールのみ・防音ボックス・比較用のオートプレイ(スピーカーからの音のみ)の4パターンです。全てのパターン×前方後方の8回について同じ譜面(★5 Trinity [Maniac])をプレイし、それぞれ90秒間の平均音圧を測定しました。

 

結果を簡単なグラフにしたものがこちらです。

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前方の箱が閉じている方向については、68→59と10dB弱の防音効果があることがわかります。最初に紹介した簡易防音室は平均して10dB強の防音効果があるようなので、まずまずと言ったところでしょうか*1。また、ダンボール箱だけでも半分くらいの効果があることがわかります。

 一方で、後方についてはあまり効果が見られないようです。打鍵音はコントローラーの側面からも発されているはずなので、その部分を覆うように後方の下3分の1も囲ってしまうといった工夫はできそうです。

 

ちなみに、防音対策の重要な一角である制振については、コントローラーを置く台の下にタイルカーペットを敷くことで元から対策していました。高さの微調整を兼ねて、ボックスの下に新たにゴムなどを設置しても良さそうです。

 

作ってから気付いた点

・高い防音性能の代償として、ボックスの中には熱気がこもります。とはいえプレイに支障が出るレベルではありませんでした。

・木箱には安定感があるので、コントローラーの上にちょっとした物を置けるようになったのが地味に便利でした。

 

まとめ

3千円台で音ゲーアケコン用の防音ボックスをDIYすることができました。防音効果は、ただのダンボール箱で囲うよりは高く、10万円台の簡易防音室よりは低いです。

 今後もちょっとした改良を試みるので、飛躍的に性能が改善するようなことがあれば、追加の記事にしたいと思います。

 この記事についてのご意見・ご感想は、記事へのコメントあるいは冒頭のTwitterまでお願いします。 

 

また、IIDX SP☆12の難易度推定サイトCPIの運営も行っていますので、こちらもよろしくお願いいたします。

cpi.makecir.com

 

それでは、良き音ゲーライフを。

*1:10dB下がるごとに音圧は約3.2倍小さくなるようです。また、スマホの騒音計にどれほどの信頼が置けるかという点についてはこの記事が参考になると思います。

www.kanaderoom.jp

【IIDX】個人差とは何なのか、地力とは何なのか

こんにちは、りせ(@rice_Place)と申します。

 

IIDX SP☆12の難易度推定サイト、CPIの運営を行っています。

cpi.makecir.com本題に入る前に、CPIの現状報告を少しさせていただきたいです。

 

先日 登録ユーザーが2000名を超えたことを記念して、だんごむし様(@denimchan)にイメージキャラクターを制作していただきました。

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 キャラクター制作をお願いする上で一番に重視したことは、プレイヤー目線でのモチベーション向上の一助となるようなデザインです*1

 だんごむし様はイラストレーターとしてのご活躍はさることながら、IIDX全白でもあり、CPIも以前より登録・ご利用いただいていました。制作決定の時点からこの方にお願いしよう!と決めていたので、快諾の上 素晴らしいキャラクターイラストを制作いただけたこと、本当にありがたく感じています。

 現在キャラクターの名前も募集しています*2ので、この記事を読んでくださっているあなたにも、CPIをより良いサイトにするお手伝いをしていただければ幸いです。

 

 

 個人差とは何なのか、地力とは何なのか

音ゲーにおいて譜面の難易度を評価する際に、プレイヤーによって体感される難易度が大きく異なるようなとき、「これは個人差譜面だ」といった表現をされることがあります。

 対になる概念として使われる言葉が「地力譜面」です。記事後半では本当に対になっているのか?という点についても触れていきますが、そもそも地力/個人差という分類で音ゲー譜面を区別するという考え方は、IIDXの☆12難易度表*3が発祥のようです*4

 

音ゲーにおける個人差について考えていく上で、体感難易度のバラ付きを正確に定義することは難しいですが、プレイヤーのクリア状況のバラ付きについてなら、データに基づいて数値的に表すことができそうです。

 まずはこのCPIにおける「個人差度」について考えてみようと思います。

 

「個人差度」の定義

CPIの難易度推定は、プレイヤーのクリア状況から算出したレーティングを説明変数として、ロジスティック回帰を行うことでなされています。今回は、「個人差度」を回帰係数の逆数と定義することにします。

 

この「個人差度」が表すものをグラフで見てみましょう。

 グラフの横軸をクリア力*5、縦軸をクリア割合とします。クリア割合とは、該当するクリア力のプレイヤー集団の中で、対象譜面をクリアしているプレイヤーの割合を表します。

 個人差譜面(オレンジ)は、総合的なクリア力が低いプレイヤーでもクリアできる可能性がある一方で、高くなってもクリアできない可能性があります。「個人差度」はグラフ上に引いた赤い矢印に該当します*6

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 それに対して地力譜面(青)ではその傾向が小さく、総合的なクリア力との相関が強いです(後半の伏線になります)。クリア割合50%付近における傾きが大きくなり、それに伴って赤い矢印が上の個人差譜面に引かれたものと比べて短くなっていることがわかります。

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 このように、定義した各譜面の「個人差度」は、個々人のクリア状況と総合的なクリア力との乖離を表していることがわかります。

 「個人差度」が著しく大きい譜面は、総合的なクリア状況とは無関係にランプが点く確率が高くなるということです。

 

「個人差度」の分布

 「個人差度」の定義を終えたところで、まずはその分布を確認してみましょう。横軸に個人差度、縦軸に譜面数をとったヒストグラムを作ってみます。

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 フルコンを除くと、各難易度でかなり左側に寄った分布になっていることがわかります。すなわち、一部の譜面はかなり個人差度が強く、その他大勢はそうでもないと言えそうです。

 同様に、適正CPI*7を横軸に、個人差度を縦軸にとった散布図を見てみます。

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 このプロットではクリアタイプごとに様子が違っており、例えばハードとエクハでは難易度と個人差度に相関がありそう*8ですが、他ではそのような傾向は薄らいでいます。

 

「個人差度」の高い譜面の具体例

具体的にどのような譜面で「個人差度」が高くなっているかを確かめてみましょう。

 まずはEASYについて、「個人差度」が上位/下位の譜面をまとめてみました。

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 連皿・縦連・ソフラン……といったいわゆる個人差要素の強い譜面について、数値的にも「個人差度」が高く算出されているようです。それにしても、上位と下位で5倍以上の差があるとは、表にまとめるまで思っていませんでした……。

 

ところで私はこの表を作ったとき、上位に個人差譜面が並ぶなか、ポツリとGuNGNiR [L]がいることに違和感を覚えました。確かに最発狂に皿は絡んできますが、基本的にはいわゆる地力譜面の範疇に入るはずです。

 GuNGNiR [L]はIIDX27のARENAモード最終報酬で、分析に使用したデータを取得した時点では解禁方法がありませんでした。そのことが関係してる可能性も考えましたが、同じような境遇のSecrets [L]、TRANOID [L]の個人差度はそれぞれ56(全体155位)、78(全体62位)です。

 加えて、より収録からの日が浅いお米(略)、∀が全体下位にランクインしていることをあわせて考えると、GuNGNiR [L]特有の理由がありそうに思えます。

 

ということで、EASY難易度が高い譜面をピックアップしてみることにしました。

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 見てみると、いわゆる地力譜面の代表格と言えそうなVerflucht [L]、KAISER PHOENIX [L]の個人差度がそれほど低くなっておらず、最終盤にソフランする卑弥呼よりも高く算出されています。

 このような傾向は他のクリアタイプでも同様に見られ、超高難易度においては「鍵盤物量=個人差の少ない譜面」とは言えないことを示唆していました*9

 

「地力度」の定義は難しい

前半でも触れましたが、譜面難易度の推定を☆12全体の総合的なクリア力から行っている以上、☆12全体に似たような譜面が少なければ「個人差度」は高くなります。極端な話、☆12の8割が連皿主体であれば、The Chaseは個人差譜面では無くなるでしょう。 ということは逆に考えるなら、似たような譜面が多ければ地力譜面と呼んで良いのでしょうか?Fascination MAXXやY&Co. is dead or aliveのような譜面が大半を占めていたとき、ソフランへの対応力が地力と呼ばれるようになるのでしょうか?

 

このような話を考えるとき、一部のPvPゲームには、「環境」と呼ばれる概念があることを思い出します。

 このようなゲームでは、追加される要素(新カード、新モンスター、新武器……)によってゲームの勝敗を決定する構造がガラリと変わることがあり、その都度プレイヤーは対策を余儀なくされます。対応力まで含めて、ゲームにおける必要な能力と言えるかもしれません。

 弐寺PvPゲームではありませんが*10、定期的に新しい譜面が追加され、プレイヤーが対応して能力を磨き突破する、という構図は同じです。

 

となれば、先ほどの問である【ソフランが大半を占めていたとき、その対応力が地力と呼ばれるようになるのか?】の答えは、YESとなりそうに思えます。

 実際にCN・BSSについては、SIRIUSで追加されて以降それらを含む譜面は増え続けており、10年前にはハード5強と呼ばれたAlmagestは、現在では数ある高難易度譜面の一つという位置づけになっています。

 

一方で、ここまでお読みになった方の中には、「ソフランはギアチェンを覚えればできるようになる」「連皿は皿のリズムを覚えればできるようになる」ので、環境がどうであろうと地力譜面とは呼べない、という考えを持つ方もいると思います。

 このような考え方の背景には、「地力」という言葉が、「個人差が少ないこと」だけでなく「小手先の対策を取りにくいこと」という意味も併せ持っていることがあります。

 そういう意味では、確かにVerflucht [L]のような譜面が、ちょっとした対策で見違えるように押せるようなるということは無いでしょう。

 

しかし私は、ソフランや連皿においても、それぞれの「地力」があると考えています。ギアチェンによって低速を完全に等速にできる譜面は少ないですし、ギアチェンそのものも練習が必要です。連皿も覚えることと覚えたとおりに回せることは違います。

 けれども、鍵盤の「地力」と比較して、短期的に能力を上げることが可能だとも思っています*11。このことによって、取り組んだ人は簡単に上達する一方、取り組まなければそうではなく、「個人差度」が大きくなっているのだと思います。

 このことは、Go Ahead!!のような譜面の個人差が高くないことからも確からしいと言えそうです(対策(=当たり待ち)は必要であるものの、対策の内容と個人の能力差は一切関係しない)。

 

このような議論を踏まえると、真の地力譜面とは、現環境で求められる要素をできるだけ多く含んだ、いわゆる総合力譜面であると言えそうです。飛び抜けた能力を求めない一方で、著しく苦手な要素が一つでもあると突破できない構成は、「個人差が少ないこと」「小手先の対策が取りにくいこと」の両方を兼ね備えているからです。

 皆伝の一曲目が数年ぶりに変更され、CN・連皿・ソフラン・重発狂を含むEMERALDASとなったことは、偶然では無いと感じられます。

 

まとめ

・(FC以外では)☆12は一部の超個人差譜面とその他大勢に分かれる

・いわゆる地力譜面=鍵盤物量は、必ずしも「個人差度」が小さくならない

・「地力」という概念には、「個人差が少ないこと」「小手先の対策が取りにくいこと」の二つの要素が含まれている

 

いつも以上に取り留めない記事となってしまいましたが、一番書きたかったことは3つ目の内容です。

 以前に別の記事でも書きましたが、☆12の譜面数が著しく増えている現在では、何となく難しい譜面をたくさんプレイするスタイルと、自分に足りない能力を見極めて練習譜面を選ぶスタイルとでは、これまで以上に大きな差が付いてしまうように感じます。

 全てのプレイヤーが最速の上達を目指す必要があるとは一切思っていませんし、そもそも筆者も周囲と比べると上達が遅い方のプレイヤーですが、それでもこのことに気が付いてからは袋小路に嵌まり込んで苦しむことは減ったような気がしています。

 同じように上達を目指し、同じように悩んでいるプレイヤーの誰かに届けば良いなと思っています。

 

 

 この記事についてのご意見・ご感想は、記事へのコメントあるいは冒頭のTwitterまでお願いします。

 

それでは、良き音ゲーライフを。

 

*1:筆者=運営の個人的な趣味も色濃く反映されていますが、できる限り男女問わず多くの方に愛されるような要素を(とても)たくさん入れていただきました。

*2:少なくとも2021年3月中までは募集しています

*3:正確に言えば前身となった十段スレのテンプレート(参考:十段スレの難易度表の歴史 | BPM@パプログ!↑

*4:より詳しい歴史についてご存じの方はご教示ください

*5:ここでは総合CPIと同義

*6:グラフ上では分かりやすさのためにクリア割合80%のところに赤い矢印を引いていますが、定義に対して厳密に言うと約73.1%になります。譜面間で統一されていれば、今回の検証においては任意のクリア割合を基準として構いません

*7:クリア割合が50%となるCPI、すなわち譜面難易度

*8:ハード→エクハは適正CPIが急激に上昇することを踏まえると、未難減らしとエクハ埋めのどちらを優先するプレイスタイルかによって(未難の数が同程度でも)総合CPIが大きく変わってくるため、個人差度が増幅されていると考えられます。エクハ→FCも同様

*9:理由として一番に考えられるのは、発狂BMSプレイヤーの存在です。このことを次の章の内容に絡めて言い換えると、「別環境」の影響を受けているということです。

*10:ARENAモードは例外。しかし、ARENAのようなスコアによる対戦モードにおいても同じ話は当てはまると思っています

*11:あくまでもそのプレイヤーの総合的なクリア力程度に引き上げるという範囲で

【IIDX】段位認定に必要な能力をデータから探ってみた【皆伝】

こんにちは、りせ(@rice_Place)と申します。

 

IIDX SP☆12の難易度推定サイト、CPIの運営を行っています。

cpi.makecir.com

 CPIは当初よりプレイヤーの目標設定に役立ててもらうことを目指していますが、中でも総合CPIの段位別平均(中央値)は一定数の方がターゲットとしているようです。

 このことは個人的に予想外でした。というのも、総合CPIと段位合否との関係はそれほど強くないと考えているからです。

 

CPIを上げると皆伝が近付く?

試しに、総合CPIと皆伝合格率との関係をグラフにしてみました(以下で使用するデータは断りがなければ2020年10月頃に集計したものです)。

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対象は集計時点でプレイヤーデータを公開設定にしていた
中伝・皆伝のプレイヤー 約11000名

 こうして見ると間違いなく相関はありそうですが、 中伝平均(1620)で1割弱が合格する一方、皆伝平均(1880)で2割弱は合格しないということで、【CPIを上げる≒とにかくクリアランプを点ける】だけでは、皆伝合格に関して回り道になりそうだと考えられます*1

 

このようにCPIと皆伝合否の相関が弱くなる理由として、段位認定では適正より少し高いレベルの譜面を4連続&正規or鏡で完走することが必要であり、通常プレイにおけるランプ更新とは求められる要素が異なってくることが挙げられます*2

 特に皆伝においては、長いあいだ3曲目・4曲目が固定されており、なおかつ皆伝獲得の難関であり続けることから、「皆伝の合否は卑弥呼と冥の正規譜面がどれだけ押せるかで決まる」というトートロジーが、一種の決まり文句として言われることがあります。

 

そうは言っても(ひたすら皆伝を粘着することは合格を遠ざけるので)、何か指標となるものを探したいのが人情です。

 というわけで、皆伝合否との相関が強いクリアランプを、先述のプレイヤーデータから探してみることにしました。

 

皆伝合否と相関の強い譜面

まずは【皆伝合否との相関が強い】ことを、【{(クリアかつ皆伝)+(未クリアかつ中伝)}÷{(皆伝全体)+(中伝全体)}=正解率 が高いこと】と定義します*3

 そして各譜面の正解率をガーッと計算すれば良いのですが、単純にこれをやると新曲の正解率が高く出てしまいます。なぜならクリアランプは一度点ければ消えない一方、段位は毎作ごとに取り直す必要があるため、最新の実力を示す新曲のクリア状況は段位との相関が強いと考えられるからです。

 そこで、より”アクティブ”なプレイヤーを全体の半分ほど抽出し、曲の新しさの影響を補正することにしました(具体的な手法はこちら)。

 

このようにして求めた各譜面・クリアランプの正解率を縦軸にとり、横軸に適正CPIをとってプロットしたものがこちらです。

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 先ほどの棒グラフで皆伝合格率が約50%であった、CPI 1740付近を頂点とする上に凸の綺麗な分布が見られます。

 頂点付近を拡大したものがこちらです。

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  こうして見ると、エクハは皆伝との相関が比較的弱く、イージー~ハードは混在している印象を受けます。

 個人的にはこの時点でけっこう驚きました。ゲージの仕様を踏まえると、段位認定で重要なのは格上の譜面でもなんとか押し切る”イージー力”だと考えていたからです。

 

さらに譜面ごとの特徴を抽出するために、適正CPIの影響を除くような計算*4を行い、以下のような図を得ました。

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 このグラフで上方にプロットされるランプは、適正CPI≒クリア難易度の影響を除いても、なお皆伝合否との相関が強いと言えそうです。

 

相関の強い/弱い譜面の特徴

正解率の高いランプTOP20を表にまとめました。

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 いかがでしょうか。私がパッと見た時の印象は、意外と地力系ばっかりだなというところです。

 詳しく見ていくと、例えばシムルグ・焔極・陰キャ・エルフェリア……など、高速16分主体+皿複合といった譜面が上位に来ているようです。表中で唯一のEXHである金十字も(BPMは遅いですが)この特徴には当てはまりそうです。

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表中ではかなり簡単な部類のゼフィランサスSPL易も、
最終盤に怒涛の皿複合が降ってくる

https://textage.cc/score/23/zephyran.html?2XC04

 他にも軸や二重階段など、卑弥呼を彷彿とさせる要素も目立ちます。

 一方、皆伝の代名詞であるソフランはエボアボダリアとJOMANDAくらいしか現れませんでした。また、連皿・CN・ディレイ*5を主体とするような譜面もあまり選ばれていないようです。

 

続いて、正解率の低さTOP20はこちらです。

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 20分の13譜面がエクハという結果になりました。TOP20に入っていた金十字との違いを考えてみると面白そうです。

 また、連皿譜面のチェイスとラウンドテーブルが選ばれています。この辺り、灼熱が課題曲なことを考えると不思議な気もしますが、連皿が飛び抜けて得意なプレイヤーの影響が大きそうです。

 残りのノマゲ(ワイコー、3y3s、ファーダリ、FTB†、FAXX)は全て難所以降でゲージを大幅に回復させられる譜面となっており、皆伝を取得できているプレイヤーはノマゲを飛び越えてハードを狙いに行く傾向があるのかも知れません。

 

ちなみに、昔から皆伝フラグとして挙げられるいわゆる三闘神については、対象539譜面中でバドマニハードが25位、クエルハードが41位、麺ハードが50位でした。SIRIUS環境ではバドマニが1位となります*6。この10年間で練習曲が増えたことのあらわれと言えそうです。

 

まとめ

以上の内容をまとめると、

・皆伝合格率と総合CPIとは相関するが、それほど強くはない

・皆伝の指標になりそうな譜面の適正CPIは一定範囲内に収まる

・適正CPIが1700~1800付近で、高速16分+皿複合が主体の譜面は皆伝合否のよい指標となる

と言ったところでしょうか。

 先述しましたが、結局のところ皆伝の合否は課題曲の正規系譜面の出来で決まるので、極論すればどれだけ地力があっても嘆きに癖が付きまくったら受からなくなります。けれども、充分な地力があればちょっとした対策で皆伝合格がグッと近付くことも事実です。

 さらに言うと、皆伝対策はググれば色々と出てくる一方で、”必要な地力”というのは人によって見解が大きく異なるところです。また一口に地力譜面と言っても、最近では様々な要素が求められるようになって来ており、解像度の高い理解が必要だと思います。

 

今回の記事が、新たに皆伝合格の喜びを味わうプレイヤーを一人でも増やすことに繋がれば、週末を消費したことの充分なリターンになると言えそうです。

 この記事についてのご意見・ご感想は、記事へのコメントあるいは冒頭のTwitterまでお願いします。

 

それでは、良き音ゲーライフを。

*1:もちろん、長期的な目標を皆伝合格以外に置くのであれば、反対に【とにかく皆伝合格を目指す】ことが回り道にもなり得ると思います。

*2:前提として、各プレイヤーの”真のクリア力”と総合CPIとの乖離は、中伝・皆伝間で差がないことを仮定しています。

*3:こちら↓でわかりやすく説明されています

qiita.com

*4:具体的には適正CPIが近傍(±5)のランプ全体の中央値との差分を求めました。対象は適正CPI1600~1900です。

*5:24分や32分など、いわゆるジャリジャリ系

*6:エクハが登場したのはLincle

【IIDX難易度推定サイト】CPI活用のススメ

こんにちは、りせ(@rice_Place)と申します。

 

IIDX SP☆12の難易度推定サイト、CPIの運営を行っています。

cpi.makecir.com

2020年8月の正式サービス開始以降、記事投稿時点で1500人以上の方がユーザー登録されています。

 これまで10名以上の方から開発者支援を頂いていることはもちろん、SNSや動画投稿サイトなどを通じてCPIが広められていることも、大変ありがたく感じています。

 対象プレイヤーの5%以上が利用しているというのは、当初の想定に対して遥かに多く、制作者一同は驚くばかりです。ですが、より多くの方に知ってもらうこと、そして使ってもらうことによって、このようなサービスは継続的な改善が可能になるとも思っています。引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

今回は、CPIの知られていない(あるいは誤解されている)仕様について改めて解説するとともに、CPIを活用して☆12クリア力を向上させるためにオススメな方法・考え方についてもその例を挙げていきたいと思います。

 

 後半のCPI活用法に関しては上達論的な内容が含まれます。対象となるのは達成可能なクリアランプを全て点けた場合に総合CPIが2000以下であるようなプレイヤーです。言い換えると、後半は八段~皆伝平均レベルの方に向けた文章ということになります*1

 CPIによらない一般的な内容も含まれますが、CPIの高すぎる、あるいは低すぎる方*2は全く参考にならない可能性がありますのでご了承ください。

 

 また、以下の内容は断りのない限り執筆時点のものです。CPIは鋭意改善中のサービスなので、仕様の大幅な変更が今後起こる可能性があります。

 

 CPIの仕様解説

①”難しい”ランプを点けてもCPIはそれほど上がらない

CPIに関する誤解のなかで、最も広く言われているのが、「難しい(適正CPIの高い)ランプを点けたほうがCPIが上がる」というものです。確かに直感的にはそう感じられると思いますので、少し長めに説明していこうと思います。

 

あるプレイヤーの総合CPIが1500(十段平均レベル)だったとします。このプレイヤーがMare Nectarisをハード(適正CPI 2019.13)した場合と、エクハ(同 2603.95)した場合で、総合CPIの変化量はどれくらい違うでしょうか?

 

……そうです、ほとんど変わりません。

 十段平均のプレイヤーのほとんどはMare Nectarisを未ハードであるため*3、同じくらいのCPIのプレイヤーに対して、ハードでもエクハでもクリアランプの勝敗状況に違いはありません。

 CPIはクリアランプの勝敗によってのみ計算されるので、総合CPIの変化量にはほとんど差が無いと考えられるのです。

 

実際にCPIの変化量を決めている要素は、ひとことで言うと「(同CPI帯における)プレイ人数」になります。詳しくは以前の記事↓をご覧ください。

riceplace.hatenablog.jp

 

②適正CPIは「仮想的なクリア人数」と対応する

前項で述べたとおり、総合CPIはデータベース内のプレイヤーとの勝敗状況によって決まります。

 そして、各譜面各クリアランプの適正CPIは、達成者・未達成者の総合CPI分布をもとに予測されます。

 すなわち、適正CPIという言葉を言い換えると、「達成者の割合が50%となるような総合CPI」ということになります。

 このことはいわゆる地力譜面・個人差譜面であっても常に変わらないため、ある譜面の適正CPIが高いor低いということは、全プレイヤーがその譜面をプレイしたときのクリア人数が多いor少ないことだと言い換えられるのです。

 

③異なるクリアランプ間の適正CPIは比較しにくい

前項から、適正CPIが高いということは、クリア人数が少ないということだ、という結論が出てきました。

 これは異なる譜面の異なるクリアランプ間でも同様に当てはまります。例えば、Mare Nectarisイージー(1947.14)よりも、BLUE DRAGON(雷龍RemixIIDX)エクハ(1954.71)の方が、仮想的なクリア人数が少ないということになります。

 では、前者よりも後者のほうが”難しい”ランプであると言って良いのでしょうか?

 

結論から言うと、「わからない・何とも言えない」ということになります。

 エクハゲージを使用しないスタイルのプレイヤーが一定数いること、そのようなこだわりが無かったとしても完全には埋めていないプレイヤーも多いこと、イージー難易度1位であるMareは全イージー狙いのために積極的にプレイされること、などなどの理由によって、前者は過小評価、後者は過大評価されている可能性があります。

 

では具体的にどのくらい過小・過大評価されているのか、それを計算する術はいまのところ知られていません……。

 そもそも各クリアランプの求められる能力が異なることは言うまでもありませんが、楽曲の有名度・人気度や、新曲・解禁曲・レジェンダリアであること、超高難易度・超低難易度であることなどなど、”真の難易度”から推定難易度を乖離させる要因はたくさんあります。

 CPIではこれらのうち、新曲か否かという点については難易度推定における補正を行っています。

 

全体的な傾向について言えるのは、譜面のプレイ人数が少ないほど、クリアランプの達成人数が少ないほど、上記のような影響を強く受けるということです。

 

 

ここまでCPIの仕様についての解説を行ってきました。

 以下ではこれら仕様のメリットを最大限に、デメリットを最小限にすることを目指しつつ、実際のクリア力向上に繋がるような方法を提案していきます。

オススメCPI活用法

①できる限りクリアランプを点ける

これがとにかく大事です!

 仕様編①からわかるように、総合CPIには強すぎるランプ・弱すぎるランプの存在よりも、点きそうなランプが点いているかどうかが重要になってきます。

 逆リコメンドのトップに来るようなランプが1つ増えるよりも、適正ランプが2つ増えることの方が大事だということです。

 

CPIのリコメンド推定には地力・個人差度が反映されているため、総合CPIが真の実力から離れていると、正しい推定となりません

 そして、「やればできるけど埋めていない」ランプが多いことは、次項②にも関わってきます。

 

②苦手要素の解像度を上げる

いよいよ上達論的な内容になってしまいますが、IIDXの上達においては、自分の苦手要素を正しく把握することが極めて重要だと思っています。

 それを前提とした上で、☆12に挑戦していく過程では、苦手要素を細かく分解して、それぞれの小要素に合わせた練習譜面・方法を探していく必要があります。

 

筆者の個人的な経験は脚注に書いておくことにして*4、ひと口に連皿・皿複合・ソフラン・CN・軸・トリル・物量……といっても、求められる能力は譜面ごとに微妙に違っている、ということを認識することが重要です。

 そのためには苦手であることがわかり切っている譜面であっても、そのときの全力のクリアランプを点けて、例えば「同じ連皿でも16分メインはそんなに苦手じゃないな」とか、「物量の中でもBPMが遅くて横に広い譜面の方が押せてないな」といった事を見極めていく必要があります。

 

ちなみにそのようにして見付けた苦手要素を克服していくにあたっては、☆12に拘らずに低難易度譜面にも触れることが大事だと思っています。

 例えば中速連皿を練習しようと思ったときには、☆12の赤鮭やワッチ2を誤魔化してプレイするよりも、☆11でワンブルやデジタン辺りの出来を確かめて、もしミスがボロボロ出るようなら☆10のバスバスや灼熱灰で……と、「どれくらい簡単なら(ほぼ)フルコン可能なのか」というレベルまで見に行くのをオススメします。スタダの1~2曲目がちょうど良いですね。

 

③ユーザー検索を活用する

活用法①②を踏まえた上で、「リコメンド上位にいるこの譜面、一般的に見てそんなに簡単か……?」と感じることはあると思います。

 本当に自分がめちゃくちゃ苦手なのか、それとも難易度推定がおかしいのかを確かめる手軽な方法として、登録されている同じくらいの総合CPIのプレイヤーを参照するのがオススメです。

 CPIに登録しているプレイヤーは、データベース全体と比較するとアクティブである可能性が高く、①の条件も比較的満たされており、いわば”良質なサンプル”であると言えます。

 

他人のユーザーページから簡単にそのプレイヤーの傾向を把握するには、難易度表ページの詳細グラフを見るのがお手軽です。

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筆者のエクハ難易度表グラフ

私はできるだけエクハランプを点けるようにしているので、このように2050~2100を境に分離したグラフになります。

 難易度表グラフの数値と分布が自分と似ているプレイヤーは、総合的なクリア傾向が近く、得意・苦手譜面の自分との違いがハッキリしやすいです。

 

めぼしいプレイヤーがいたら、メインページの[自分と比較]ボタンからクリアランプの比較をすることができます。

 絞り込みタブから勝ちランプあるいは負けランプだけを抽出して表示することが可能です。

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CPIが近いプレイヤーとの比較。勝ちor負けランプ、エクハ・ハードのみ抽出。

自分は連皿やCNが、相手は高速トリルや皿複合が比較的得意だと分析できる。

ぴったりのライバルプレイヤーが見付かったら、CPI上でフォローすればイチイチ検索する必要がなくなります。

 もしプレイヤーIDやTwitterを公開していれば、そちらもフォローできるかもしれませんね。

 

最後に

難易度表は主観的・客観的を問わず、適度な距離感を保って利用することが、上達とおよびモチベーションの維持には大事だと思っています。

 実力の把握・目標の設定・ライバル探しのツールとして、これからもCPIをご活用頂ければ幸いです。

 この記事についてのご意見・ご感想は、記事へのコメントあるいは冒頭のTwitterまでお願いします。

 

それでは、良き音ゲーライフを。

*1:筆者のCPIは執筆時点で2120程度です。

*2:例えば☆12への挑戦を始めたばかりのプレイヤーなど

*3:https://cpi.makecir.com/scores/view/96

*4:灼熱・灼熱2のハードに苦戦していた頃のこと、昔から連皿が苦手だった自分は、連皿譜面をひたすら選曲するだけでは思うように上達しないことを感じていました。

 そんなある日、某プロが配信で「遅い皿は速い皿と違う難しさがある」という旨の発言をしていたのを聞いて、☆10や☆11の中速連皿をしっかり光らせる練習をしたところ、それまで何となく塊でとらえて回していた不規則連皿がきちんと認識できるようになりました。

 今では灼熱・灼熱2のハードに加えて、他の連皿曲も適正超えのランプやスコアが出るようになり、苦手意識が払拭されつつあります。

CPI正式開始のお礼と現状報告

こんにちは、りせ(@rice_Place)と申します。

 

IIDX SP☆12の難易度推定サイト、CPIの運営を行っています。

cpi.makecir.com

2020年8月の正式サービス開始以降、現時点で900人以上の方がユーザー登録されています。

アンケートやSNS上で、モチベーションの維持・向上に繋がったという声を目にして、開発者冥利に尽きる気持ちです。

加えて、本記事の執筆時点で4名の方から開発者支援を頂いております。CPIの運営にはサーバー代等の費用が少なからず生じているので、このようなご支援は持続的なサービス提供において大変助けになっています。改めてお礼申し上げます。

 

今回は、正式開始から初めてのデータベース更新に合わせ、改善を繰り返してきた難易度推定手法の現状を整理していきたいと思います。

 

難易度推定手法の現状

以下にはnote等にも公開してきた情報が含まれますが、課題点を考えるにあたって前提となるよう、一から説明したいと思います。

 

レーティングシステム

CPIでは、プレイヤーの☆12クリア力をレーティングの形で表しています。チェスや将棋、その他スポーツなどで最も広く使われている、Elo ratingを採用しました。

ja.wikipedia.orgこの指標は勝率を対数変換して求められ、プレイヤー同士の相性を無視した場合にレーティング差が(レーティングの絶対値によらず)勝率と対応するように作られています。

 

CPIではプレイヤー同士の勝敗を、IIDX公式サイトの表示に従って「両プレイヤーが共にプレイしている譜面におけるクリアランプの総合勝敗」として定めました。ただし、ASSISTED CLEARについてはFAILED扱いとしています*1

 

このように定めた対戦を、ある時点で

・八段~皆伝を取得している

・プレイデータを公開している

・☆12を1譜面以上プレイしている

という3条件に全て当てはまるプレイヤー(以下データベース)全員に対して行い、求めたレーティングを☆12クリア力 = CPIとして表示しています。現時点でこのようなプレイヤーは概ね30000名前後となります。

 

データベースの抽出補正

データベースから☆12譜面の難易度推定を行うにあたって、様々なタイプのプレイヤーが存在することに注意する必要があります。

理想的には全プレイヤーが全譜面を(その時点の)全力で埋めていることが望ましいですが、現実にはそうなっていません。

詳細は後述する課題点で触れたいと思いますが、現状ではある一点のみについて条件を定めて、データベースの部分的な抽出を行っています。

 

具体的には、難易度推定のプロトタイプを作成・公表したときに指摘の多かった、「収録から日の浅い譜面の難易度がおかしくなる」という点です。

背景には、解禁が追い付いていない*2・試行回数が少ないといった理由が考えられます。

 

このような影響を抑えるために、まずはレーティングの対象とする譜面を

・解禁が不要なら収録から約1ヶ月

・解禁が必要なら収録から約2ヶ月

以上経過しているものに限りました(約と付いているのはデータ更新タイミングとの兼ね合いです)。

加えて、比較的ちゃんと新曲を埋めているプレイヤーを抽出するために、新曲全体のランプ平均と旧曲のそれとで差を取り*3、このようにして求めた”新曲の埋め度合い”が平均以下であるようなプレイヤー*4は難易度推定の標本から除くことにしました。

 

理論的にはこの抽出によって推定の標本数(プレイヤー数)は半分の15000前後となりそうですが、実際には新曲(あるいは旧曲)☆12を一切プレイしていないようなプレイヤーでは平均が未定義となって除外されるため、標本数はさらに数割ほど減る傾向があります。

このような性質も相まって、この項における抽出補正は比較的アクティブなプレイヤーを選択することになります。

以前は新曲のみで抽出補正の結果を採用したこともありましたが、旧曲(特に収録から時間の経った譜面)の難易度が過小評価される傾向を認めたので、執筆時点では全ての譜面に対して補正を適用することとしました。

 

難易度推定手法

ようやく実際に難易度を推定するパートです。

CPIでは推定手法として、ロジスティック回帰分析を選んでいます。

回帰分析とは、予測したい値(目的変数)Yと、予測のために用いる値(説明変数)X*5について、Y = f(X)となるようなfを見つけよう、というものです(この説明はめちゃくちゃに簡略化しています)。

特にYが0か1の値を取るような場合においては、ロジスティック回帰が用いられます。特定のランプが点いているか点いていないかという状況にはピッタリですね。

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ロジスティック回帰の基本的なことをわかりやすくまとめてみた | シストレとkaggleの備忘録

 

これに加えて、全体の傾向に対して大きく外れた標本*6の影響を最小限に抑えるべく、ロバスト推定法を採用しました。

通常の最小二乗法では下図のように、数点の大きな誤差が含まれるだけでも、近似した直線が大きくズレてしまう場合があります。
この誤差の影響をできるだけ受けないようにしたのが、ロバスト推定法です。

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ロバスト推定法(Tukey's biweight) | イメージングソリューション

引用した図は単回帰ですが、ロジスティック回帰にも適用することができます。

 

この補正によって、特に超上位譜面の難易度が高めに推定されるようになっています。このような譜面は、例えば未難◯個、未エクハ◯個という段階まで残るため、比較的全力で(背伸びして?)狙いに行くプレイヤーが多く、補正なしでは過小評価気味だったのでは無いかと推察されます*7

 

現手法のまとめ

ここまでの話を簡単にまとめると、

 ①条件に合うプレイヤーについて疑似対戦形式でレーティングを求め、

 ②新曲を平均以上に埋めているプレイヤーを抽出し、

 ③(ロバスト)ロジスティック回帰によって難易度を推定している

ということになります。

 

課題点と今後の展望

これまでに浮かび上がってきた課題点はいくつもありますが、掘り下げるとここから更に長くなってしまうので、ひとまず主要なものを箇条書きで列挙するに留めたいと思います。

・抽出補正の追加検討(LEGGENDARIA・譜面の個人差要素・プレイヤー間での特定ランプの使用頻度の違いなど)

・新曲の抽出範囲の検討(「平均以上」は適切か?)

・回帰分析のモデル選択(現状では、適正に対して比較的高CPI/低CPIのプレイヤーで予測精度が悪くなる傾向がある)

 

更に根本的な問題として、「全てのランプについて勝敗を比較する」というやり方についても検討を続けていく必要があると考えています。

この方法には、狙えるランプを全力で狙えば推定実力が上がっていくという明瞭さがある一方で、明らかに埋めていないだけの譜面が多いプレイヤーの実力を過小評価するという問題点があります。

広く使われるスコア指標のBPIでは、「1曲だけプレイしてかつそれが歴代全一(= 単曲BPIは100点)なら、総合BPIは50点」と定め、勾配を付けて加算していくことで”強い”スコアが重視される仕組みとなっています。

またGITADORAでは昔から公式がSKILLシステムを採用しており、新曲と旧曲で対象を分けることで得意譜面と苦手譜面のバランスをある程度取ることに成功している印象がありますが、SKILL計算は公式が決定した難易度に依存するため、いわゆる”稼ぎ”譜面の存在が客観性の面でネックとなってきます。

 

最近では機械学習の応用によって、プレイヤーデータに依存せずに譜面の情報だけから難易度を推定するような試みもされつつありますが、☆12内での難易度を細かく分けるレベルの精度を得るためには、まだまだ改良が必要だと見受けられます。

私自身にも(本業に近い)脳科学的な立場からのアプローチを試みたい気持ちがあるのですが、これには上記の機械学習手法よりもさらに長い長い道のりがあります。

 

音ゲーの実力とは、難易度とは……?と考えていくと、音ゲーそのものに劣らないくらいの深さと面白さがあります。

このテーマについて、一緒に考えてくれる人が少しでも増えて欲しいと思っています。

 

 

この記事についてのご意見・ご感想は冒頭のTwitterまでお願いします。

また、CPIを今後ともよろしくお願いします。

 

それでは、良き音ゲーライフを。

*1:具体的には、ある5譜面について
 プレイヤーA:{FULLCOMBO, HARD, FAILED, NO PLAY, NO PLAY}
 プレイヤーB:{EXHARD, HARD, ASSISTED, FULLCOMBO, NO PLAY}
のとき、プレイヤーAから見て{勝ち, 引き分け, 引き分け, 無対戦, 無対戦} = 総合勝利となります。

*2:特にARENAモードが追加されてからは、未解禁譜面がARENAで投げられてとりあえず途中落ちの無いゲージでプレイした、というパターンが起こり得るようになりました。

*3:例えば、新曲は全てHARD・旧曲は全てEXHARDというプレイヤーでは、平均の差はランプ1つ分ということになります。ここで新曲とはデータ取得時点における稼働作にて収録された譜面を指します(旧曲の追加レジェンダリア等もここでは新曲扱いとしています)。

*4:CPIの近い1000プレイヤー程度における平均

*5:これは複数あっても構いません。1つなら単回帰、複数なら重回帰と呼ばれます

*6:極端な例を出すと、ほぼ全譜面をフルコンしているような人が、何故かAAはイージー止まりだったりすると、そのランプは全体の傾向から大きく外れていることになります

*7:今回は詳しく触れませんが、より簡単な譜面に関しても変化の傾向はあります。

ビートマニアを科学したい①(編集中)

 beatmania IIDXという音楽ゲームをご存知でしょうか。私はこのゲームをブランクを挟みつつ10年弱やっています。

 去年20周年を迎えたこのゲームは、画面上部から落ちてくるオブジェクトが画面下部の赤いラインと重なるタイミングで対応したデバイスを操作するという、音楽ゲームの原点とも言えるゲームシステムとなっています。

 基本的であることは簡単であることを意味しません。音楽ゲームをほとんどプレイしたことのない人は、同時に2つのオブジェクトを処理することにもかなり苦労するでしょう。
 これはゲーム筐体の構成上、オブジェクトが表示されている画面とデバイスを同時に見ることが出来ず、いわばブラインドタッチのような技術を習得する必要があるためです。

 一方、熟練したプレイヤーは約2分間のうちに2000以上のオブジェクトを苦もなく処理することができます。
 他の音ゲーと比較して特別な身体能力を必要としないbeatmania IIDX(特にシングルプレイ)においては、「目の前のオブジェクトをいかに速く・正確に認識するか」が腕前の大きな要素を占めています*1

 

”縦認識”と”横認識”

 beatmania IIDXプレイヤー(弐寺er)の間では、初心者から上級者へと熟達していく過程で、流れてくるオブジェクト(譜面)の認識方法が変わる、あるいは変える必要があることが知られています。
 初心者が行っているものは”縦認識”、後から習得するものは”横認識”と呼ばれます。

 引用ツイートで取り上げられている譜面(ギガデリSPH)は、段位認定というモードの八段ボスとして以前に設定されていたもので、長らく上級プレイヤーへの壁として君臨していました。”縦認識”と”横認識”で体感する難易度が激変する譜面の代表例ということができます。

 高難度譜面をプレイするにあたって、「なぜ”縦認識”よりも”横認識”の方が有利である場面が多いのか」という疑問に対する考察は様々になされて来ました。
 以下では、脳科学的な観点からこの疑問にアプローチすると共に、「実際に”横認識”はどのように成されているのか」「なぜ”横認識”の習得・維持は難しいのか」といった点についても触れていきたいと思います。

 

人間の脳は勝手に”縦認識”するように出来ている

 突然ですが、ゲシュタルト崩壊という言葉を聞いたことはありますか?Wikipediaの説明では、

全体性を持ったまとまりのある構造(Gestalt, 形態)から全体性が失われてしまい、個々の構成部分にバラバラに切り離して認識し直されてしまう現象をいう。

となっています。例えば単独の文字をじっと見つめていると、だんだん何の文字を見ているのかわからなくなる、というやつです。

 このようなゲシュタルト(全体性を持ったまとまりのある構造)を人間が知覚するときの法則を解明しようとしたのが、20世紀初頭のドイツで興ったゲシュタルト心理学です。
 それまで主流であった、要素を重視する心理学に対する反論として提唱されたもので、(このあと詳しく触れますが)現代の脳科学ではこのゲシュタルト心理学の考え方を支持するような証拠が多く見つかっています。

 ゲシュタルト心理学の中心的存在であったマックス・ヴェルトハイマーは、人間の視覚認識に関するプレグナンツの法則をまとめ上げました。法則についてはとってもわかりやすいこの記事

note.com を読んで頂くのが良いですが、以下では法則のうち弐寺の譜面に関わりそうな部分について紹介しようと思います(これらの性質はお互いに少しずつ重なり合っています)。

 

・近接性

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 近接した要素は同じグループに所属しているように感じられます。この譜面では、横よりも縦にまとまって見えます。

 

・類似性

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 類似した性質を持つ要素は同じグループとして知覚されます。この譜面では横一列(同時押しと呼ばれます)ごとに、白いノーツと青いノーツがまとまって見えます。

 

・連続性

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 よい連続性を持つ要素は同じグループとして知覚されます。この譜面では横方向のつながりよりも、縦一列のつながり(縦連)がまとまって見えます。

 

・顕著性

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  特徴的な形を持つ要素は同じグループとして知覚されます。この譜面では中央にある繰り返し(トリル)がまとまって見えます。

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 この譜面では、下の連続してズラされた配置(階段)が、上のランダムな配置と比べてまとまって見えます。

 

 音ゲーの譜面はふつう音楽の構成にある程度沿って作られているので、必然的に縦連・トリル・階段といった要素で構成される傾向にあります。そのため、特に意識しないと”縦認識”で譜面を見がちになるというわけです*2

 (”縦認識”が起こりやすい他の理由についても後ほど考えていきます。)

 

脳の「輪郭統合」システム

 ここまでは、人間が見た物体を無意識にグループ化しているという事実について、心理学の分野における有名な法則をご紹介してきました。
 ではこの法則について、脳科学的にはどのようなことがわかっているのでしょうか?

 本題に入る前にまず抑えておきたい点ですが、人間の視覚はカメラのように光の情報をピクセル単位で1対1対応させているのではなく、目の前の光景のどの要素に属するのかを決定することで認識しています。

 例えばリンゴの乗った机を普通のカメラで撮影するとき、どこまでがリンゴで、どこまでが机で、どこからが背景か、ということをカメラが把握してから撮影している訳ではありません。人工知能の発達により、最近はスマホですら背景を認識してぼかしたりしてくれますが、そのような処理はレンズそのもので行っているのではありません*3

 一方、人間においては、最初に光を認識する網膜の時点ですでに情報の処理が行われていることがわかっています。具体的には、光に対する反応の仕方が異なる細胞が特定のパターンで並んでいることによって、初めからコントラストの情報が強調されて脳へと送られているのです。

 このような処理で得られた無数の境界線の情報は、座標の情報を保ったまま、網膜から視神経を通って、脳の一次視覚野と呼ばれる領域にまず送られます。ここには、ある決まった角度の線分に選択的に反応する方位選択性を持つ神経細胞が存在しているので、無数の境界線には角度の情報が与えられることになります。

 方位選択性を持った神経細胞は、似た方位の選択性を持った別の神経細胞たちと水平に接続されています。これにより、同じような角度の情報が集まるとより強調されて、さらなる視覚処理の過程へと送られていくことになります。

 

Fig. 11.

Global Contour Saliency and Local Colinear Interactions
Wu Li and Charles D. Gilbert

Journal of Neurophysiology 2002 88:5, 2846-2856

  この「輪郭統合」システムによって、先ほど紹介したプレグナンツの法則に従うような形は、眼の前に広がる複雑な光景から浮き上がって見えてくるという訳です。

 

 ここで紹介した内容は視覚処理のほんの一部に過ぎません。実際には、色・動き・奥行き・視覚以外の知覚・過去の経験・……といった様々な文脈的手掛かりによって、視覚情報は修飾されていきます。眼から入って来た情報は、このような処理がされた上で、意識へと登ってくるということです。

 

”横認識”は行動の選択肢を減らし反応速度を上げる

 ここまでは、人間の脳が弐寺の譜面を”縦認識”してしまう傾向について、その理由を考えてきました。
 では、なぜ熟練したプレイヤーは、いわばゲシュタルト崩壊である”横認識”をわざわざ行っているのでしょうか?

 この疑問に対するひとつの回答となりそうなのが、「選択肢が増えると反応速度は遅くなる」という事実です。

 1950年代、HickとHymanは人間の平均反応時間RTが \ RT=a+b \log(1/p) \ でよく表せることを発見しました(Hick-Hymanの法則)。 \ a \ は選択肢が1つの場合の反応時間を、 \ b \ は実験ごとに変わるパラメータを表します。
 そして \ p \ は、反応を引き起こす刺激の出現確率を表します。すなわちこの法則は、「出現する確率の低い刺激に対する反応は遅い」ことを示しています。もちろん、選択肢が全て等確率で出現するような系であれば、反応時間は選択肢が増えるほど長くなると言って良いことになります。

 音ゲーの話に戻りましょう。ふつう弐寺においては、ノーツが画面の上端に現れてから、下端の判定ラインへと移動するまでの時間は固定されています*4
 一方、曲の速さ=BPMは曲によって変わり、連続的な値を取ります。ということは、”縦認識”における譜面の見え方≒選択肢はほぼ無限に存在することになります。

 ”横認識”の場合は、BPMに関わらず横一列の同時押しを見て反応することになるため、その選択肢は \ 2^8-1=255 \ 通りで済みます*5
 255という数が多いか少ないかは別として、有限の数なのはありがたいことです。いったん選択肢を覚えてしまえば、反応時間を大幅に短縮できるので、オプションでノーツの表示時間を短くしてさらに画面の情報量を減らすことができます。こうすることで、音ゲーに慣れていない人の数十倍の処理速度でゲームをプレイすることができるようになるという訳です。

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この譜面では、縦方向のノーツの配置には無限に選択肢があるが、
横方向のノーツの配置はたった7通りしかない

 今回は単に見えたノーツを押すまでの反応時間を考えましたが、弐寺はリズムに合わせるゲームであるため、判定ラインと正確に重なるタイミングで押すほど良いスコアを獲得できます。
 そのような観点で言っても、横方向の同時押しをベースに譜面を認識することは、認識→動作までの時間を固定化することに繋がってメリットがあります。

 

 さて、ここまでは”横認識”の良さについて考えて来ましたが、デメリットが無い訳ではありません。
 先述のように、脳がやってくれたせっかくのパターン認識をもう一度組み直す訳ですから、当然そこには余計な脳内処理が必要になりそうです。

 この処理は、”横認識”が可能であるプレイヤー間でも腕前に大きな差があることから、上達に従って速度や精度が向上していくことが予想されます。
 熟練したプレイヤーの脳内では何が起こっているのでしょうか?

 

熟練により新たなパターン認識が無意識下で可能になる

 先ほど、視覚情報の処理はかなりの部分が無意識下で行われていることを述べました。このような無意識下の処理は並列実行が可能であり、意識下のそれと比べて大幅に速く行えることがわかっています。

 では、人間は無意識下でどのような処理を行うことができるのでしょうか?

 

 無意識下での脳内処理といえば、サブリミナル効果は有名だと思います。映画のフィルムに意識できないほど短い時間だけコーラの映像を表示すると、映画が終わったあとのコーラの売上が倍増した……というやつですね。
 1950年代に行われたというこの「実験」は、実際には完全に作り話なのですが、近年の研究によって、実際に無意識下の視覚情報が人間の行動に影響を与える例が見つかって来ています。

 例えば、外傷や脳卒中などによって、不幸なことに一部の脳領域を損傷した人々について、「モノの形を認識して区別することができないのに、形に合わせて正確に握ることができる」「意識的には視野の半分が認識できないのに、無意識に(認識できない視野の情報を用いて)区別することができる」といった、意識と無意識の分離を示唆するような症状が出現することがあります。

 健康な人間についても実験でこのような状況が再現されています。閾下プライミングと呼ばれる特殊な技法を用いることで、オブジェクトを数十ms表示しつつ、それを被験者には「見えない」ようにすることができます。
 この研究により、被験者が何も見ていないと感じたとしても、実際には無意識で様々な処理を行っていることが示されて来ています。簡単な計算や言語理解のみならず、チェスの上級プレイヤーであれば簡単な盤面を分析して、王手(チェック)の有無まで判別していることがわかっています(繰り返しますが、被験者は何も見えていないと感じています!)。
 このような実験結果を見ると、きちんと調べられたことはありませんが、「生得的な処理回路とは異なるタイプの認識であっても、弐寺プレイヤーは上達に従って無意識下で譜面を(ある程度)処理できるようになる」ということは、かなり肯定的な証拠が揃っていると言えそうです。「見えないのに何故か押せる」ことがあるというのは、あながち嘘では無かったんですね。

 

 上達に従って認識・処理能力が上がるということは、脳内で何かしらの変化が起こっているということです。このような知覚能力の向上には、脳神経回路の可塑性が重要な役割を果たしています*6
 こうした訓練による知覚能力の向上と持続=知覚学習は、五感すべてで起こりうることがわかっています。

 数多くの実験によって、この知覚学習は知覚課題に対する特異性が高いこと(例:弐寺の練習をしても太鼓の達人は上達しない)、学習結果のフィードバックが必須でないこと(例:弐寺の上達には判定やリザルトが必要でない)といったことが調べられ、ここから視覚処理経路における比較的低次の領域(一次視覚野など、網膜から入って来た情報が直接伝わる部分)が知覚学習における大部分の役割を果たしていると考えられてきました。
 しかし、近年の研究によって、これらの報告に部分的に反するような結果も示されてきており、結局のところは複数の処理段階が相互作用して生まれるプロセスであろうと言われています。まあ、例に出したような内容が100%真実では無いことは、音ゲーマーの方にはわかってもらえるのでは無いかと思います*7

 (ちなみに、訓練による運動能力の向上は運動学習と呼ばれ、こちらも様々なことが調べられており、当然弐寺の上達にも関わってくると思われますが、今回は割愛します。)

 

 まとめると、弐寺プレイヤーは知覚学習を通して、”横認識”のような「技術」を後天的に獲得し、ある程度を無意識下で実行できるようになり、結果的に処理速度の向上を達成しているのではないか、ということになります。

 

人間は2種類の眼球運動で動く物体を追いかける

 もう一度、眼の話に戻りましょう。

 意識下であれ無意識下であれ、眼に映らないノーツを認識することは(記憶しない限り)できません。
 とはいえ、視野は眼の前すべてに広がっており、いくら弐寺の画面が40インチ近くあるといっても、視野から完全に外れてしまうことはありえません。

 しかし、先ほども出てきた網膜の細胞は、視野の周辺になるにつれて解像度が落ちていきます。視野の中心が最も視力が高いことは、特別なデータを持ち出さずとも皆さん実感として知っていることだと思います。

 ということで、弐寺をプレイする上で難しい譜面を認識するためには、情報を与えられた脳はもちろん、情報を入手する眼もきちんとノーツを追いかける必要がありそうです。

 

 ここで、一方向に流れ続ける景色を眺めているような状況を考えてみましょう。

 こんなとき、眼でずっと追いかけているといずれ視野から外れてしまうので、ある程度のところで流れの方向とは逆向きに戻す必要があります。このようなリセットのための速い眼球運動は急速相と呼ばれ、その角速度は毎秒900度に達します。
 流れていく風景を追っている比較的遅い(毎秒100度ほど)眼球運動は緩徐相と呼ばれ、先ほどの急速相と交互に繰り返して行われることになります。このような眼球運動のパターンを視運動性眼振と呼びます。 人間や一部のサルでは、この緩徐相で視野の中心を使ってしっかりと対象を追いかけるべく、滑動性眼球運動(SPEM)という運動が発達しています*8

 

 弐寺のプレイにあたっては、この緩徐相と急速相の繰り返しによって、上から下へと流れ続ける大量のノーツを解像度の高い中心視野で追いかけ続けることができている、と考えられます。

 いやいや、弐寺の基本は目線の固定でしょ?そんな繰り返しの眼球運動なんかしてる訳ないじゃん……とお思いの方もいるでしょう。私もこの運動を知るまでは、ノーツを目で追わないことが認識にとって重要である、と強く信じていました。

 というのもこの眼球運動は、行うかどうかは自分の意思で(随意的に)決定できるものの、その速度制御は無意識下になされており、意識に登ってくるのは眼球運動と物体の移動量の誤差のみです。そのため、すんなりと眼球運動が実行されている状態では、私たちは眼を動かしていると強く意識することはありません。

 すなわち、緩徐相で「止まった」ノーツをしっかり認識し、急速相で眼球の位置を(上を見る方向に)戻し、緩徐相で認識し……といった繰り返しで、プレイヤーは譜面を眺めているということになります。

 プレイヤーの皆さんには、このような眼球運動の存在を簡単に確認する方法があります。ご家庭のモニターに動いている譜面あるいは譜面動画を表示させ、いつも見ている辺りに、糸を張ったりなんなりして水平な目印を置いて、それをじっと見つめてみてください。びっくりするほど後ろの譜面を認識することができないはずです。
 反対に後ろの譜面を認識しようとすると、目印がチラついてかなり違和感があると思います。

 

 さて、このような仕組みで譜面を見ていることを前提にすると、簡単な譜面=短時間見れば脳内処理に充分であるような譜面においては、必要な眼球の上下運動量が少なくなり、逆もまた正しそうな気がしてきます。
 すなわち、眼球の上下運動量と体感する難易度には負の相関が見られる可能性があります。

 ということで私自身が実験台となって、画面表示の条件を変えることがプレイ成績にどのような影響を与えるのか、について実験してみようと思います。

 

 

(以下執筆中)

 

【実験】レーンのどの部分をどれくらい見てプレイしているのか?

考察・今後の展開

*1:シングルプレイにおいては、オブジェクトの配置を完全に記憶してプレイすることは通常されません(一部の例外を除く)。これは、記憶することに多大な労力が必要なのに対して、得られる恩恵がそれほど多くないことに起因しています。

*2:紹介したものに加えて、「見慣れた形はまとまって見える」といった法則も加えられることがあります。これらの事実は一種のイップス音ゲー用語における”癖”)とも関わりが深いのですが、今回は深く触れません

*3:と認識していますが、正直専門外すぎてわかりません。複数のレンズを使用したり異なる露出で連続撮影したりはしてますよね……。

*4:熟練プレイヤーであれば大体0.4~0.6秒ほど

*5:弐寺ではノーツごとに音源がアサインされているため、同時に押すノーツが多いということは、同時に鳴っている音源の数も増えるということになります。そのため、実際は同時に押すノーツの数が増えるほど出現確率は顕著に減っていきます。

*6:知覚能力には例えば絶対音感のように、ある特定の時期(臨界期)にしか得られず、大人になったら可塑性が失われてしまうような物もありますが、多くの神経細胞の性質は生涯にわたって変化し、訓練をやめてもその変化が持続する可能性があることが知られています

*7:音ゲーを一切やったことの無い方へ向けて補足すると、ある機種の音ゲーを極めているプレイヤーが別の機種をプレイしたとき、ごく短期間で元の機種に比肩するほど上達する人も、平均的なプレイヤー並の腕前に留まる人もいます。

*8:ちなみに、緩徐相と急速相は支配する神経経路が全然違います。